聖書と人の言葉


言葉で世界を捉えます。

どうして、人は言葉を語るのか、その答えは聖書にあった。

天地創造以前、「わたし」が生まれた時、闇しかなかった。だから、闇に属した。
これは、避けられない。
「わたし」は、まだ、言葉(命)を持っていなかった。だから、何も知らなかった。
水の面を神の霊が動いていたが、知る余地もなかった。闇しかなかった。
すべては、ここから始まった。

後は、光によって、付け加えて与えられていった。天地も人も。これが天地創造です。
すべて、「わたし」のために与えられていった。
「わたし」がどこから来てどこに行くのかを知ることができるように、そうされたのです。
言葉を語るには、世界がいる。世界がなければ言葉が語れない。だから、世界が造られた。
人が言葉を語るための準備がなされた。「わたし」のために次々と与えられていった。
「わたし」は、このことを知らなかった。

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聖書と言葉

イエスは言われた。
「光はいましばらくあなた方の間にある。」
「いましばらく、わたしはあなたがたと共にいる。」
           <ヨハネの福音書抜粋>

見えるイエスとして示されながら、私達に見えていない「命」として語られている。
今迄長い間見ることも聞くこともできなかった命の声を聞いている。
私達を内から照らしている「光」として語られている。
光は命です。肉の目からは見えない。見えない者のために、見えるものとして遣わされた。
光はこの世に、しばらくの間、留まりますが、しばらくすると、去っていく。
神から生まれたものは、神のもとに返るが、塵から生まれたものは、塵に返る。
神は、死んだ者(塵にすぎないもの)にも、しばらくの間だけ命を与えられる。
現れたイエスを見て、隠された真理を見る。
客観として見るのではなく、自分自身を見る。

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聖書と「わたしはある」


ポット灯りがついて生まれる。ポット灯りが消えて死ぬ。
ロウソクの灯で見ていると、そうなる。ロウソクの灯は束の間の明かり。
ところが、よく見ると、その消える灯に消えないものがあった。
それが見えないのは、わたしの内に光がないためだった。

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不思議体験

私が実際に体験した不思議な出来事を記録したものです。
これは、20年前に書いたもので、体験はそれ以前のものです。
「旧奮戦記」にも書いていましたので、既に読まれた方がおられるかもしれません。殆ど修正を加えずに転記しています。
ちなみに、これを読んで信じていただいた方は今までに一人しかおられませんでした。

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聖書に書かれている「命」とは


聖書で学んだことを書き記しました。私の精神の記録として。
直観に基づくものが多いので、間違いがあるかもしれません。霊的なものは、霊と真理でもってしか分からない。肉は何一つ理解できない。
神を全く信じない人にとっては、聖書は嘘でしかないので、このブログを読んでも何も得られるものはありません。

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