自分のことは自分で守る

誰かに助けてもらえると思うなかれ。

国や自治体や他人とかにあまり期待しないこと。

何故かというと、自分のことを他の人はそれほど大事に思っていないから。

「人の命は地球より重い」と言いますが、それは自分の命のことであって、他人の命についてはそれほど思っていない。欺瞞に満ちた、美化された言葉です。
建前と本音とは異なっています。言っていることとしていることが違います。

事故や不幸が起きた後では、周りの人がこうすべきだったとかよく言われるが、それは起きてしまった後のこと。
起きた後、結果が出た後で、どうすべきだったとかの話が出る。しかし、時間は戻せない。
事故や不幸は、あまりにも突然やってくるので、防ぐすべは殆ど無い。事前に注意して防ぐことができる場合というのは僅かでしょう。
「君子危うきに近寄らず」です。それでも防げないことはたくさんある。その時にじたばたしても始まらない。心の準備をしておくべき。その時になって、誰かを恨むことなかれ。
これが現実です。
そして、災害や病気はがなくなることはない。戦争も然り。

後になってから、こうしておけばよかったというのは、色々言えます。
死んだら惜しまれることもあるかもしれないが、たとえどんなに惜しまれても生き返ることはできません。
生前、あまり好かれていなくても、死んだ時には、その時だけは、一応惜しんでもらえるかもしれない。
死んだら忘れ去られるのも早い。この世は生きている者の世界で、死んだ人はすぐ忘れ去られます。
少し経てば、そんな人いたかなという感じです。自分と他人とは完ぺきに分かれている。
「どうせ人は死ぬんだから」で最後は割り切られてしまう。なのに、自分の死だけは割り切ろうとしないんです。
自分のことなど、他人はそれほど大事だとは思っていない。恋人や家族は別ですが。
自分では自分をそれなりに評価、自負するが、他人はそんなこと知ったことではない。その他大勢にすぎない。勘違いしないこと。
非人情で冷たいことを言うようですが、これがこの世です。現実を見ず、夢や妄想を抱くのは自由ですが。
いくら防災や治療がすすんでも、この事実は変わらない。

他人や国や病院などにあまり期待しない方がいい。もちろん、事後に救ってもらえたら有難いし、感謝すべきです。
しかし、事前に期待しないこと。
あくまで、「自分のことは自分で守る」が鉄則。誰かに期待しない。
「助けてくれて当然ではないか」と言いたいでしょうが、これは、おまけ程度に思うべし。

本気で助けようと思う人は稀。そういう人に出くわすことも稀。これが現実。

蓋がとれて臭いものが現れ、疑心暗鬼が生じる。
分裂が生まれ、攻撃が起きるが、これは人の本性が露にされただけ。
臭いものは最初からあった。
自分で問題を先送りにしていただけ。危機は最初から自分の中に内包されていた。

「臭いもの」とは、「自分を守る」ということにあった。
守るから攻撃される。守らなければ、守られる。