分からないは恥ではない

分からないことは本当に多いものです。いや、分からないことの方が多いんです。
だから、分からないと言うことはまったく恥ではない。

分からないと堂々と言えることが大事なんです。急いで結論を出すよりも。分かったふりをするよりも。

そのためには、「お前馬鹿じゃないの」と言われてもぐっと耐える力を持つ必要があります。
分かり切っているかのように語っている人の方がおかしいと思うことがよくあります。
「こうかもしれないな」と思うのは度々ですが、「こうだ」と言い切るのには結構自信がいります。
こうだと言い切れるタイプは、世間では概して有能な人、賢そうな人だと見られやすい。
はっきりとした言い方は、分かりやすいので世間受けするのです。
しかし、これが意外と落とし穴。明確にすることで、どうしてもこぼれてしまうところが出てくるんです。
「分かりやすい=正しい」ではないんですが、納得されやすいが故に、厄介なんです。騙されていても、本人は正しいと信じているから。
自分が有能だと認められたいがために、そのように言いきられるのかなと勘繰ったりしてしまうこともある。

研究をしても研究をしても分からないことがよくあります。
そのようであり、そのようでもないといったことがよくあります。
研究に熱心で、既に優れた成果を上げている方でも、まだ分からないと言っておられる方さえおられる。
超一流の方には謙虚な人が多い。中途半端に頭がいい人は自信過剰でよくしゃべり、社会を惑わしている。
中途半端は、どんぐりの背比べに似ています。すぐ競いたがる。無理して転んでしまう。

アバウトな私、曖昧な私が気に入っている。ファジーがいい。
たくさん努力しても、たくさん知識を増やしても、そうでありたいなと思う。