無駄も必要

今回痛切に感じたのは、無駄も必要だということ。
今日の新聞を読んでいたら、大阪では行政改革で保健所の人員が減らされて、コロナ対応できない状態になっていると書かれていた。
人もそうだが、ICUや装置類等も最小限に抑えられているため、緊急時には対応しきれない。
余裕がないんです。

危機管理という点では、ある程度余裕を持っておくことが大事だと、つくづく感じた。
効率化ばかりに気をとられると、とんでもないところで痛い目に合うことになる。
これは企業でも同じで、効率化だけを目指したら、危機の時は機能できなくなる。

今の日本は、バブル崩壊後、ぎりぎりまで効率化してきたので、もはや余裕がない。
経済重視一辺倒の付けが回ってきたようです。
発想の転換が求められるでしょう。

収束=勝利ではない

収束を勝利と表現すべきでない。
また、誰かを英雄視すべきでない。

何故なら、地震や津波などの自然の猛威に負け続けているというのが真相だから。
何よりも、人は謙虚であるべきです。

多くの人が亡くなっている。それで勝ったのか?
英雄なんかいない。医療従事者の苦労を忘れたか?
勝利と英雄。それを叫ぶ人が出てくる前にあえて伝えたい。
だが、無駄に終わるだろう。

エクセルでコロナ分析

エクセルの表とグラフを使ってコロナ分析しています。
そして、コロナ日記をつけています。
下記表以外に加えて、死者の数や重症者の数などもチェックしないと全体像が見えてきません。なので、それらも別の表で管理しています。
※下記の図をクリックすると拡大できます。

続きを読む

事実と評価

その時の是非は「歴史が証明する」とよく言われます。
しかし、歴史にそんな力などありません。
事実はあっても、それを評価するのは、後の人。
後になって、後の人が勝手に都合よく解釈するだけで、とても証明なんかにはなりません。

「痛い目に合わないと分からない」

これは、頭では分からず、体験でもって初めてつかみとるからです。
かなり言い当てています。
「大丈夫だ~」と言っていると痛い目に合ったりする。そして、分かる。
失敗しないと学ばない。悲しいかな、これが人です。
それでも、体験しても分からない人、忘れる人、学ばない人はいるものです。

事実と評価は全く別。人の評価能力は、そもそも当てにならない。
現実を理解するというのは、本当に難しいことなんです。
たとえ専門家であっても難しいんです。
いつも理解は後なんです。ところが、その理解すら怪しいんです。

事実と理屈(卵が先か鶏が先か?)

まず起きる。
なぜ起きたのかと考えて、後で理屈付けされる。
法則も同じ。
先に起きている。理屈によって起きているのではない。
理屈は頭の中の解釈・推測。事実・現象は考える前に起きている。
その事実の後、理屈が行動力となって、また事実を変えていく。
なので、実際のところ、事実と理屈については、明確には分離できない。
理屈の真偽を正確に証明することは難しい。証明できたと思っても。

毎日、外に出よう!

毎日、外に出よう!
こう書くと、「外出の自粛」に反しているようですが、そうではありません。
日光を浴びなさいということ。

体を冷やしてはいけない

日光を浴びた場合とそうでない場合、体の熱が違ってくる。
家の中ばかりいると、寒く感じます。
日光を浴びると、体が長い間ほてっています。
体がいつもあったかいと病気にかかりにくい。本当です。
体が冷えたら、異常だと思ってください。

このことだけは伝えたい。体を冷やしてはだめ!
外で庭いじりするのもいい。軽い運動でもいい。
野菜でも何でも光を浴びないとだめになる。人も全く同じなんです。
日光で免疫力アップしよう。気力もアップ。

新型コロナウイルス、太陽光で急速に不活性化 米研究

コロナ都市

コロナで甚大な影響を受けているのは、中核都市です。
経済や人の集中しているところです。
都市は華やかですが、脆いところもあるということを今回思い知った気がします。
都市機能の分散化にも影響を与えていきそうです。
ただ、何か起きると、全く正反対が正しいという偏った主張が出やすいので、注意すべきです。

歴史を見ても、疫病が流行って、都(みやこ)が移転する原因になったことがあったようです。
何度も都(みやこ)が移っているので、どこの場所が一番いいのかはよく分かりません。
水がきれいなところ、河川が大事だとしても、洪水の被害があるかもしれないし。
一長一短です。場所を移せばよいというものでもない。
ネットワークがすすんでいるのだから、テレワークを活用すると言っても、ネットワークにも危いところがあります。
今や、神経(ネットワーク)系統がおかしくなって、フェイクニュースが増え、神経自体が麻痺しているような状況です。世界が近くなった分、感染も速い。
脳自体が混乱している。心臓や臓器などの中核都市だけではない。根が深い。
場所に頼ってばかりいてもだめだし、技術にその根幹を全部負わせるわけにもいかない。
難しい。最適解が見つからない。
考えていると、余計に分からなくなったので、このへんで終わります。

善玉と悪玉

善玉菌と悪玉菌があるように、人にも善玉と悪玉がいます。
少し極端な言い方ですが。
善玉菌が増えて悪玉菌を征伐するように、人も善玉が増えれば、悪玉を征伐できる。
もし負けたら、免疫不全。

コロナは悪玉。
善玉を結集して悪玉と戦って、滅ぼそう。
免疫不全になる前に。
ミクロの世界もマクロの世界も同じようなもの。

収束は近い! ただ、油断するとやられる。
こういう時こそ、ワンチームじゃないの。

危機と本性

危機的な状況にあると、その人の本性が現れてくるもの。
平常時にはいい人に思えても、危機的な状況下では、その仮面が剥がされてしまう。
よそ事や無関心だったり、全部人のせいにしたり、自分のことしか考えない。
私もそうですが、自分に降りかかるまでは、どうしてもよそ事になってしまいます。
なぜか、マスコミが取り上げる方は、ほんの一部の攻撃的かつ批判的な人ばかり。つまり、自分では何もしない人。
しかし、多くの人は気付いています。今、何をすべきかを。

普段見えなかったものが、単に見えるようになっただけ。
いかに日常の生活がオブラートに包まれていたかがはっきりしてくる。
嘘は暴かれ、オブラートは剥がされ、本性が現れる。そんな気がする。
ひょっとして、そのことに気づかせるために、時折、危機が訪れるのかなとさえ思ってしまう。

世界が近くなった分、危険も近くなった。
大昔なら、その地域だけで終わったでしょう。
近くて速くて便利になった分、忘れ去られたものもある。アンバランス。

そこに人が倒れたら、起こすのが当たり前。どうして倒れたかなど後回しでいい。
原因や理屈などの科学的根拠とか言われるものは、後でのこと。
つじつま合わせのようなもの。
人は理屈を欲しがる。
しかし、理屈より先に現実がある。
理屈でも、その真偽がはっきりしないことが多いもの。

現実に一人の人が亡くなっている! 全体の死者の数の多い少ないで、よくやっているとか他人ごとのように判断すべきではない。
皆が一つにならないと実現できないことがある。
敵味方とか信条の違いを超えて助け合わないといけない。
余裕のあるところは余裕のないところを補おう!これが当たり前となるために。

1.感染=死亡ではない。だから、感染数だけを見て過度におびえる必要はない。
  たとえ感染しても、です。

2.感染を完全に防ぐことは、今のところできない。無理。
  できるだけ感染しないよう気を配ることも必要ですが。

3.感染そのものよりも、感染しても重症化しないようにすることが最も大事。

4.ここはイタリアやNYではない。日本です。土台が大分異なっています。
  報道に踊らされてパニクらないよう注意してください。

5.収束は近い! 今その傾向にあると思います。意外と爆発が少ないので。
  高止まり→ピークアウトかな だから、もう少し頑張ろう。

【パニクった時】
https://morumotto.net/涙の奮戦記/パソコントラブル/パニクった時/

騙されていませんか

騙す

知らないとだまされる。知らないことをいいことに騙そうとするものがいる。
知っているものは、ごく少なく、圧倒的に知らないものが多い。
知っているものが得をして、知らないものが損をする。
「そんなこと知らないのが悪いんだ」と堂々と言う人もいる。弱者がいるから強者が喜べるというおかしな時代だ。
これは昔からあったが、形が違ってきているように思います。
二極に分離している。

続きを読む