美しいものには刺がある

  

美しいものには棘がある。
自由とか民主主義という理念も然り。
今や、その輝きは失せてしまったかのようだ。

どんなに美しく便利なものでも、結局、使う人が悪いと、何の役にも立たない。

実を言うと、美しく見えただけなんです。ないものねだり。青い鳥のように。
理念の美しさに自ら酔いしれ、好んで騙されていただけなんです。恋のように。
美しいものには危うさがある。全部が全部そうとは言えないが、結構当たっています。
今だにその理念に酔っている人がいる。絶対に偽だとは思いたくないんだろう。
国民主権を絶対化してしまうと、結果的にそうなってしまう。
人権や平等も然り。理念は、所詮、理念だけのもの。頭の中に浮かぶ空想でしかない。
人は美しいものを欲しがる。臭いものに蓋をしないで、事実をしっかり見るべきだ。

棘は人の心にある。どんなに美しく着飾っても、刺を取除かないと、虚偽に過ぎない。
外に美しいものを求めるのではなく、自分の内を美しくすることから始めるべき。

自由を主張して、不自由になり、民主主義を主張して、まとまりのない社会になった。
互いに自分の権利を主張しあえば、バラバラになるのは当たり前。
皆、自分が正しいと信じている。全員が天皇になって、どうしてまとまるだろうか。
正しいと信じる者同士が醜い争いをしている。不毛な批判、差別、戦争等々。
多くの人が、自分が正しく、他人が間違っているという妄想にとりつかれている。

散らすことはするが、まとめることは一切しない。バラバラにしたまま。
分断化は差別を生む。敵味方や善悪や真偽を、踏絵の如く決めさせる。
物事を明確に分けようとして、混乱を招いている。そのことに気づかない。

賢くなる?ほどに、明確に分けたがる。明確にするほどに真理がこぼれ落ちる。
賢くなる?ほどに、権利を主張したがる。個々人が強くなるほど、つながりが薄れる。
もめごとが増え、法律が増え、訴訟が増え、弁護士が儲かる。何と言う社会だろう。
バラバラになった人こそ法律を好む。つながっている人には無用の長物でしかない。
文明開化の如く権利権利と叫んで、自分の首を絞めている。何と不自由なことか。
権利も自由も平等も人が作った仮想の概念。甘美さに憧れたが、<夢>に過ぎなかった。
もう、〇〇主義とか美しい言葉に騙されまい。そんなエサで釣られるのはまっぴらだ。
主義より何をしたかです。いくら奇麗なことを言っても、したことで判断される。
学校で学んだことは、すべて捨ててしまおう。ゼロから見直そう。

悪い心は罰せられない。出た杭だけが叩かれる。人は立ち直ることがない。
悪い心を「自由」に野放しにしたままで、どうして社会がよくなるだろう。

義という一本の柱が抜け落ちた。
一本の柱につながっていた個々人が、自分勝手に動くようになってつながりが切れた。
義が、個人の権利に置き換わった。その結果、目先の利益だけで動くようになった。
真面目な人が損をし、頭のいい?ずる賢い人たちが得をする社会になった。
彼らは、「お前たちが損をしているのは、努力しなかったからだ」と平然と言う。
健全な細胞が癌細胞に変異し、人を破壊していても気づかないのと似ています。
差別を招かない自由はこの世にはない。あり得ないことはないが、まずない。
差別は人の心から生じる。根が深い。多様性と言いながら、多様性を認めていない。

経済力が大事と言っていたが、急に軍事力の増強が大事と言うようになった。<現実>
憲法改正のチャンスが来たと喜ぶ人もいる。「法治国家」も見せかけだった。
万能かと思われていた剣も、意外と折れやすいものだった。幻想だった。
結局、「すべてが 場当たり」というのが現実。理性や知識すらも場当たり。
芯がないから、こうなる。「場当たり」が当たり前となっている。

<夢><現実>の極端から極端にブレてしまう。目が覚めたようで覚めてない。
今や、極端が正当性を持ち始めており、流れに逆らえない状況になりつつある。
やはり、戦争は起こるべくして起き、避けられないものなのか。

縄張りや自分を守るために戦うのは、動物の本性。本性なら、善でも悪でもない。
自己主義は対立を招く。自分でよかれとすることが、全体を混乱に導いている。

正に弱肉強食。少し頭がいいだけで体を張れない人は、いづれ見透かされてしまう。
心の醜さ(現実)を見抜かれないよう、理性や知性(夢)で覆い隠しているだけ。
矛盾、裏表、ダブルスタンダードこそ、人の本性だと思わざるをえない。
口では美しく語るが、心は汚れ切っている。心の汚さにおいては、見事にブレていない。
「巧言令色鮮し仁」。仁や愛は理屈以前のもので、最も大切なもの。
理屈を一番に置いてはならない。

つながりを切ることは、絶対に許されない。
目に見えないつながり。それによってこそ、人は生きるからです。

人は善と悪、真と偽に選別したがる。しかし、その善や真すら怪しいのです。
悲しいかな、人を動物として捉えた方が分かりやすい。
もし、本当に純粋な人がいたら、この世界を見て絶望するに違いない。
しかし、心配いらない。そんなピュアーな人はまずいないから。