和を以て貴しとなす


聖徳太子が定めた十七条憲法の第一条の言葉です。
この言葉を根幹として、他の条文が展開されている。

倭国(和国)とかヤマト(大和)とか言う名前も「和」が使われているところを見ると、いかに「和」が大事にされてきたか想像できます。
十七条憲法が制定される前はどうなっていたか知りませんが、制定しなくてもうまくいっていたのかもしれません。
ところが、和が乱れてきたが故に、和を前面に打ち出す必要が出て来たのかなと思います。
宗教の対立や海外との対応などから、どう対処すべきかで、かなり意見が分かれてきた時だった。
※今の日本と似ています。

和をもって貴しとは、無条件にこれを根本とせよと言うことです。

意見の対立などがあっても、和の心が根本にあれば、解決できないものなどないという意味です。
その通りだと思います。
ただ言えることは、これが全ての人の心に根付いていないとうまくいかないということです。
意見が合わないと、どうしても攻撃して失脚をもくろむ人が出てきて争いが生じる。
いくら和を説いても絵に描いた餅になってしまうんです。

そうすると、強制的に法律を定めて、強制的に従わせるという方向に向かわざるを得ない。
本来、この簡単な十七条憲法だけでいいんですが、皆さんそうしましょうだけでは、まとまらなくなってくることがあるんですね。
※コロナ対策の自粛要請と似ています。

とは言え、この条文は大変的確に本質を捉えています。
もし、全ての人がこれを根幹にしているなら、国家の体制がどうであれ、国内や外交、人権などのすべての問題に対応できるからです。
権利や義務といった言葉すら不必要となってくる。
逆に言えば、この条文にそぐわないからこそ、問題が起きているのだとすぐに判定できます。
根幹にすることが大事なんです。派生が大事なんではない。
恐らく、そんな精神論で現実の問題は解決できないと言われるでしょう。
確かに、和の心を保ち続けるのは簡単ではない。不屈の忍耐や努力なしで出来ることではない。
「考え方」やその他は派生にすぎない。